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心の中の独り言、日々の出来事の記録。
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各国の有名人たちが寄付やらチャリティー活動をしてくださっていて、
私たち日本のために、ホントに嬉しいことですね。
韓国のヨン様の個人的な多額の寄付とか、
レディ・ガガはチャリティー用のオリジナルブレスレットを売って
その収益金を寄付とか。
日本でもCD売り上げ金を寄付とかやってますが・・・
某歌姫がチャリティーTシャツを販売して、
その売り上げを寄付って。。。
それは、違わないか?あなたがそれをやるのは。
今現在、被災地の人のみならず、
例えば私のように、地震の影響で仕事ができず、
今月のお金どうしよう~って人もいるんですよ。
それを、今から一般人に1500円のTシャツ買わせて、
そのお金を寄付??
そりゃもちろん、買いたい人だけが買えばいいんだけど。日2回も停電になったり、電車が少なく通勤にもストレスを抱えてたり、今日本全体が困難と闘ってるのに。
レディ・ガガが遠いアメリカからでも何かできることを、という
チャリティーでやってるのとは
違うと思うのは私だけ?

只今貧乏絶好調で、ひねくれていてごめんなさい;

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3月11日(金)のあの大地震があった時、

私は仕事中だったんだけど、

まぁ、仕事柄、その後はもう仕事にならないということで、

午後4時頃、その日の仕事は終了。

ところが、帰ろうにも電車は動いていない、バス停にもすでに長蛇の列。

ということで、同僚3人と一緒にとりあえず電車動くまでお茶でもしてよ~と、

かなりのん気な私たち。

でも、私の勤務地は結構な繁華街なので、その時にはすでにどこのカフェも満員状態;

歩いて4人分の空席のあるカフェを探し、たまたま2人用の席をとりあえず取っておこうと思ったら

隣の紳士が調度帰るらしく、何とか4人分の席確保。

この時、もう非常(異常)事態の始まりだったのだ。

カフェの食べ物全部売り切れ。私はたまたまその日持ってたパンをこっそり食べました(笑)

トイレには長い長い列。

ちょっとトイレに間に合いそうもなかった私は店を出て近くのデパートに・・・。

と、そこでもトイレ待ちの列が。

その後もカフェで同僚たちと話しつつ、携帯で情報検索したり、家族と連絡取ろうにも

そういう時に限って充電池が残り一メモリぐらいになっててあまり使えず、

そこで持ってて良かったMP3♪ 私のMP3でラジオの情報を聞きつつ、

結局電車は無理そうだ・・・ということになり、

午後8時過ぎ(3時間ぐらいカフェにいた!)やっと本気でどうやって帰ろうかと悩み始め、

同僚の一人が途中まで同じ方向に歩いていけるので、

私はとりあえず途中まで歩き、あれば、そこからバスで帰ろうと思ってました。

カフェの外に出ると、本当に奇妙な光景。

物凄いたくさんの人々が歩いていて、中には防災用のヘルメットを被ったサラリーマンや

非常用のリュックを背負ったOLも。。

途中、またトイレのために立ち寄った一時避難所は、

歩くところもないくらい、床には帰れない人々が座り込んだり横になっていた;

それはまさに、私が今までTVでしか見たことなかった

被災地のよう。被災地ではないのに。。

私は歩いて帰れる(であろう)勤務地で良かったと思いました。。

が、外はもちろん夜なので暗く、もっと早く動き出せば良かったと後悔;;

のんびりし過ぎた・・・。この危機感の無さ;

やっと私の家の近くまで走るバスがあるであろう所に到着。

バス停にももちろん長蛇の列ができていたけど、とりあえず、

何分待ってもバスに乗れればいいやと、かなりホッとし、

ここまで一緒に歩いて来てくれた同僚にも感謝。

そして、バスが来ると、、これって現実?!

っていうぐらい、物凄い数の人々がそのバスに乗り込み、

私の前に並んでいるのはもう10人もいないくらい。

私は「次待てばいいのに。そんなにみんな早く帰りたいのか?」

と、私は多少遅くてももう人が普通の人間ではないような形になってまで

ぎゅうぎゅうに押しつぶされたバスの車内を見て思っていたら、

なんと、そのバスが最終だと-。

私の後ろにももうかなり長い列ができていて、

その人たちもバスの関係者に向け、「私たちはどうすればいいんですか?!」と叫んでいた。。。

私はてっきり、電車も動いていないこんな時だからバスは夜通しとか、

せめて臨時でもう少し遅くまで走ると思い込んでいた。。

それが、目の前で最終バスが行ってしまった。。。

あぁ、やっぱりあんなにのんびりお茶してるんじゃなかった(><)

タクシー乗り場だってもちろん、想像を絶する長蛇の列。

そこでついに私も歩いて帰宅を決意。

その時、時刻は夜の10時。。。

一応その場所から私の家方面はバスの通る道と同じく、ほぼ一直線。

暗いけれど、大通りだし、私のように歩く人がたくさんいたので怖くは無かったな。

そして、その日は特に私の宝物となったMP3を聞きながら

夜道を歩き続けました。。。

歩くのは嫌いじゃないけれど、川を2つ越えたりして、

さすがに最後30分くらいはかなり疲労がたまってきた;

ヒールなんか履いてなくて良かった。

自分が健康であることに感謝。

そして夜11時40分無事帰宅。

片割れもまだ帰宅しておらず、最初家を開けるのが怖かった~。

家はとにかく物が多いので中がどんなにめちゃくちゃになってるかと思って;

でも、家に入ってみると、思ってたよりも被害がなく、ちょっと物が落ちてたぐらい。
良かったー。

が、私の部屋に入ってみると、ここが一番被害が大きかったかも;

CDやら人形やら、いつもただ置いてあったり積み上げてあったものが

床に散乱してました(泣)

家についてからもまた揺れていて、

その時の方が物に囲まれていたので怖かったかも;

 

後から聞いたら、どうやらバスはその後臨時便が出たらしい・・・。

でも、道路も大渋滞だったし、歩いた方が早かったみたいだけどね。


というわけで、長い長い恐怖の一日でした。

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ルーファス・ウェインライトが同性のパートナーと一緒にパパになり、 

私が、その気持ち、わからないわ~ と言った意味。

私はまだ子供を持ったことないけど、

子供を持ちたいと言う気持ちがわからないんじゃなくて、

例えば普通、同性同士では子供を作れないけれど、

それでも、二人でずっと一緒にいたり

結婚したりするだけでは、まだ幸せではないのかな?

実際二人の子供を作ることが無理で、それでもあの手この手を尽くしてまで、

子供を持ち、家族を持ってこそ、

それが幸せだ-と思っているってことかな?

家族こそが、人間にとっての最大の幸せ

ということ?

それとも、

子孫を残したいから??

 

 

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私の好きなミュージシャンの一人、ルーファス・ウェインライト。

彼は同性愛をカミングアウトしていることでも有名ですが、

何とこの度、娘が生まれ、パパになったそうです。

代理母に頼んで産んでもらったのですが、この代理母というのが

カナダの有名シンガーソングライターであるレナード・コーエンの、娘さんだそうで。
 

さぞや素晴らしい音楽の才能を持ち合わせた子供になるんじゃないかしら・・・?

そしてルーファスは昨年、長年のパートナーと婚約もしたそうで、

二人のパパで娘を育てていくのね。。。

やはり人間は、親になりたい、子供を持ちたい、という願望があるものなのかしら?

母性?

エルトン・ジョンも確か子供を持ったし。最も彼の場合はもう同姓婚もしてるけど。

う~ん、どういう心情なのか、ちょっと私にはわからないわ・・・。


『ルーファスは自身のサイトでこう発表している。「愛しい娘、ヴィヴァ・キャサリン・ウェインライト・コーエンが2011年2月2日、両親ロルカ・コーエンとルーファス・ウェインライト、そしてもう1人の父のヨルン・ワイスブロッドのもとに生まれました」。』


 

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1月31日、私のおばあちゃんが永眠しました。。

88歳でした。

約4年前に大腸ガンが見つかり、手術で悪い部分をとりました。

その後は大腸が短くなったとは思えないくらい、

沢山食べて、飲んで、元気でした。

ビールも飲んだし、辛いものも大好きv

 

1年程前、緑内障から両目ともが見えなくなり、

同時にまたガンが再発しているのが見つかりました。

ガンが体中に転移していたのです。

 その時病院の先生はもう長くないと言っていたけれど、

先生の予想以上に長生きし、頑張ったみたいです。

 

2週間程前に腸閉塞を起こし入院していて、

私も何度かお見舞いに行ったけれど、

思ったよりも元気で、鼻から管を通されていても

本人は「どこも痛くないし、大丈夫よ」と言っていました。

私が帰る時も「寒いから気をつけてね。ありがとう(来てくれて)」

と言ってくれていました。

 

おばあちゃんは若い頃に旦那さんを亡くし、

ず~っと娘二人を一人で育て、

私たち孫が生まれてからもうちとは一緒に住まず、

うちからバスで30分ぐらいの所に一人で住んでいました。

一緒に住もうと言っても、一人の方が気が楽だからーと言いました。

私が子供の頃は何か学校の行事や近所の祭りなどのイベントがあると

いつも見に来ていました。

家族旅行にも一緒にいろいろな所に行きました。

おばあちゃんは歳をとってからも歩くのが早く、

いろいろな所に行きたがり、出かけるのが好きでした。

目が見えなくなってからはうちの母がおばあちゃんの家に寝泊りし、

ずっと付いていました。

入院中、つい1週間前ぐらいに

「ずっと寝たままじゃなんか食べたくてしょうがない(本当は食べられない)

こんなだったらトコトコ歩いてた方がいいねぇ(本当は歩けない)」

なんて言ってました。

 

おととし、私はイギリスの学校にいる時、尊敬する人と言うタイトルで

ショートエッセイを書かされました。

それで私はおばあちゃんのことを書きました。

私のおばあちゃんは、いつも笑顔で優しくて、でも強くて、

少し頑固だけど、好奇心旺盛で、近所のみんなに好かれて、、

そんなおばあちゃんに私もなりたいです。。。と。

 

今私は、お父さんとおばあちゃん二人に

しっかりと天国から見守られてると思います。

と、いうか・・・・

 

早く結婚しなさいよ~ 

というプレッシャーを心なしか感じています・・・;

二人はそれを結構気にしていたので;;

二人に心配をかけないよう、私も頑張りたいと思いますー。

何かわからなかったり、困った事があった時は

密かに耳を傾けて二人に聞いてみようと思います。

 

ヒントをくれないかな~?!

 

 

 

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